こんにちは、イチゲキ代表の伊藤です。ここではタイトルにある通り「大切にしていること」について説明させていただきます。ウソはよくないので本当のことを書かせてもらいますが、「株式会社イチゲキ」は僕が1人でなんの志もなく作った会社です。

そもそも僕には得意なことなんて何もなく、webマーケティングとコピーライティングができたこと、加えて求人や採用についての知見が少しあったので、ライターやスポットコンサルなんかをやりながら家族を養えればそれでいいかな、くらいではじめた事業でした。たった1人ではじめた小さな事業でしたが、あれよあれよと仕事は増え、契約上の理由から法人となり、気がつけばスタッフにお給料を払えるようになっていました。

ただですね、志はないけれど、仕事において「大切にしていること」はあったりします。かっこいい創業ストーリーなんてものはありませんが、ここに書いてあることを読めば、僕の会社に根付いている価値観のようなものが少しだけご理解いただけるかなと思います。

「採用」には2つのストーリーがあります。1つは応募する人の物語。もう1つは採用する会社の物語。

自衛隊を逃げ出した18歳の少年

まだ寒さの残る3月の中旬。高校を卒業したばかりの少年がいました。この日、彼は人生ではじめて親もとを離れ、航空自衛隊へと入隊する日でした。両親や兄弟、朝早くに見送りに来てくれた友人たちと抱き合い、「また会おう」と涙ながらに約束をします。

何ヶ月にもおよんだ試験勉強と面接の練習を思い出しながら、これからはじまる「働く」という未知の世界に胸を躍らせ、生まれ育った故郷を後に、遠い遠いところへと旅立つのです。2ヶ月後には退職届をだし、電車を乗り継ぎ帰ってくるとも知らずに。

SNSで4人採用できたベンチャー

「ものすごく興味があります!僕も参加させてください」SNS経由で一通のDMが届きました。送り主はプログラミングスキルのある学生。たった数ページ程度の静的ホームページがまだ50万円で受注できていた時代。起業の真似事で仲間と2人ではじめた事業はwebサービスでした。

ぐちゃぐちゃなコードで書かれたJavaScriptではできることが限られている。プログラマーの必要性は感じていたものの、お金はないし、募集のかけ方もわからない。ただ、行動を止めることだけはしてはいけないと、すべてのエネルギーをSNSでの発信に費やしました。数週間後、新しい仲間から冒頭のDMが届いたのです。彼は、事業を解散するまでずっとコードを書いてくれました。

これらは「採用」に関する物語です

自衛隊に入隊し2ヶ月で辞めて戻ってくる少年は18歳のときの僕の過去。自分がなにをやりたいのかもわかっておらず、トムクルーズのトップガンに影響を受けて入隊を決めました。結果、自分には1ミリも合わない環境に慣れることができず、ストレスで10kg近く痩せ、白髪で頭は真っ白になり、変わり果てた姿で地元へと帰ってきました。

その後、自分の特性・特徴を理解できた僕は、自衛隊を退職した数年後に友達と一緒にwebサービスを開発しようと自宅の一室をアジトに一回目の起業をしました。そう、SNSでプログラマーの仲間を採用したのは、自衛隊から帰ってきた数年後の僕です。

1人の採用ができれば、2人目、3人目は難しくありません。最終的にSNSを使ってプログラマーを合計4人採用することができました。いよいよフェイスブックの創業者マークザッカーバーグのような成功者になるんだなと思っていましたが(笑)まだ若く、勢いしかなかった僕に他人をマネジメントすることはできず、何度も喧嘩を繰り返した後にチームは解散となりました。

プログラマーたちの性格や価値観のことは考えておらず、興味本位で近づいてきた人は誰でも採用していました。いま思えばこれも採用アンマッチだったのかもしれませんね。

ビジネスの世界から退場

意気揚々と起業したものの仲間たちとケンカ別れをして失敗。もう二度と経営なんてやるか!と心に決め、どこかの会社で自分に合った働き方ができればいいと考え、転職(就職)活動をしました。

チームの解散から1年後、何のご縁か求人広告を作る会社に運良く採用してもらえることになりました。毎日、深夜まで及ぶ広告制作の現場ではとても厳しい上司に鍛えていただき、部下を育てる経験だけでなく、人事に関する仕事や育成担当としての仕事、組織運営に関する仕事を任せていただくことができました。

採用アンマッチは本当につらい

18歳でなにも知らなかったとはいえ、「あいつは根性がない」「仕事が続かないんだね」と言われ続けた数ヶ月。もしかしたら、自衛隊での環境よりも、親を含めた周りの目や心に突き刺さる鋭い言葉のほうがつらかったかもしれません。

ベンチャー企業のファウンダーとして、イケイケゴーゴーな雰囲気を醸し出しているのに、仲間と険悪な雰囲気で目も合わさずに仕事を続けているのも嫌な日々でした。チーム解散後に、仲間の1人に「貸していた本を返してくれ」とメールしをたところ、郵送で本が返されてきたときにも心が折れかけました(仲間ってこんなものかよ、と)。

自分を守るために、自衛隊での嫌だった思い出はだいぶオーバーに話していた気がしますし、webベンチャーのときもさもすごい会社のように見せようとしてSNSで意識の高そうな発信をたくさんしていました。すでにチームはボロボロだったというのに…。

人生において一番かっこ悪かったのがこの2つの時期だったと思います。

こんなみじめな思い、二度としたくない

正社員として広告制作の仕事を行うかたわら、やはり起業への憧れは捨てきれず(笑)副業でスモールビジネスにもチャレンジしていました。不思議とどれもそれなりの成果は出すことができていました。僕自身のビジネスセンスがアップした部分はあるかもしれませんが、やはり考えられるのは「採用マッチングが上手くできるようになったこと」が一番の理由だと思います。

「応募する人」と「採用する会社」の採用マッチングが上手くいけば、本来なら誰も苦しむことはありません。採用される側として、採用する側として嫌なことをたくさん経験し、嫌だった過去の自分と決別するかのように、採用課題を解決する仕事に無我夢中で打ち込んできました。

自分がみじめな思いをしたくないのと、みじめな思いをして苦しんでいる誰かのためになれるようにと。そんな思いが根底にあるのかもしれないから、気がつけば1万社以上の採用に携わってきたのかもしれません。

世界を変えるとかそんな大義名分は1ミリもなく「採用って、される方もする方も実はみんなが嫌な思いしている」「そういう人が少しでも少なくなってほしい」そんなことを考えながら、1人でも1社でもみじめな思いをする人がいなくなればいいなと思っています。

打ち込める仕事があるというのは本当に素晴らしいことだと思うからです。